③韓国を考えてみた
慰安婦問題を語るにはどうしても触れなければならない朝鮮の差別階級制度があります。 儒教を取り入れた東アジア諸国には、身分の階級制度が存在しています。
先ず、朝鮮半島の身分階級は…
李朝王朝の身分は大きく「良民」と「賤民」に分けられます。「良民」は「両班」・「中人」・「常民」
①両班…貴族的高級官僚、主に文官・武官です。
②中人…科挙の試験に合格した下級役人、医者など。
③常民…農民が大多数を占め、商人、 職人など。
その下の「賤民」は 朝鮮で奴婢(ノビ)と云われている奴隷階級です。 当時の朝鮮半島の人口で約31%【1851年】ほどいました。 また、公賤、私賤があり、公奴婢は王宮や官庁での仕事に従事し、私奴婢は両班などの私有財産です。”常民”の百姓は両班から差別され、”奴婢”は常民の百姓・町民から差別されていていました。
私奴婢は、売買・略奪の対象であるだけでなく、借金の担保であり 贈り物としても譲与され、主人の財産として自由に人身売買されていました。当時の従母法では、奴婢の子は奴婢であり、一度奴婢に落ちたら、代々から離脱できませんでした。女の奴隷として産まれたら悲惨です。
厳しい儒教国家の朝鮮では、女は更に身分の低い奴隷で 「婢/女の奴隷」は、日韓併合後で、まだ一人30円で「婢」は売買されていました。
私奴婢は、家畜同然の存在であるため、主人が殴っても犯しても売り飛ばしても、果ては打ち殺しても 何ら罪には問われませんでした。 「韓末、水溝や川にはしばしば流れ落ちないまま、ものに引っ掛かっている年ごろの娘たちの遺棄死体があったといわれる。局部に石や棒切れを差し込まれているのは、いうまでもなく主人の玩具になった末に奥方に殺された不幸な運命の主人公であった」
「ソウル城下に漢江は流れる』 (平凡社1987年)
しかし、運よく容姿が良ければ、妓生 【きしょう・기생・キーセン】としての生き方もありました。
妓生とは、元来は李氏朝鮮時代以前の朝鮮半島に於いて、諸外国からの使者や高官の歓待や宮中内の宴会などで楽技を披露したり、性的奉仕などをするために準備された奴婢の身分の女性のことです。
以前、事大主義について触れましたが 大国に囲まれた小国の知恵で、諸外国からの使者や高官に接待をしなければ国を存続できません。 まるで 日本の中世、戦国時代のような話です。戦国武将に対する接待、伽【トギ】をする女性のようですが、それが僅か 100年前まで存在していたのが朝鮮です。
朝鮮平壌の妓生学校の授業風景
妓生制度は 李朝時代に更に発展し、 李朝政府は妓生庁を設置し、またソウルと平壌に妓生学校を設立しました。 生徒は15歳〜20歳の女子。彼女らに妓生の生きる術を教えました。彼女らは 官婢として公奴婢の中でも位の高い地位になりました。更に李朝末期には妓生組合まで作られるようになりました。
また、李朝滅亡後の大韓帝国の時代までは初潮前の少女を妓生とすることも多かったが、韓国併合後に少女を妓生とする事は禁止されました。
更に 朝鮮半島特有の地域差別もあります。中国の「中華思想」に影響され「小中華思想」からくる優位性を殊更 主張します。韓国から近いほど文化的地位は高いという前近代的思想です。韓国の学者が、何でも「韓国起源説」にしようとする考えはここから来るのでしょう。 それは韓国国内でも当て嵌めて考えています。「ソウルより遠い地域は 劣っている地域だ」韓国人はそう信じています。 それは地域だけのものではなく、人や文化までも劣っているのだ、と言います。
「嶺南・慶尚道【ヨンナム・キョンサンド】」と「湖南・全羅道【ホナム・チョルラドウ】」の歴史的に根深い対立があり、現在でも地域の差別意識があります。韓国、朝鮮は 今でも差別が蔓延しているとも言えます。
大韓帝国になって 「売淫取締規則」が出され、ソウルでの売春業は禁止され取り締まりを強化しましたが その伝統は近年でも 根強く残っています。結果、今の韓国のGDP 5%が売春産業と云われています
強制連行された慰安婦はいたのか?
実は、それが 朝鮮にはそんな資料が見当たりません。しかし、この妓生出身の女性の生業として、「婢」として差別され 厳しい儒教の家族主義の朝鮮では 何代にも渡り「婢」は「婢」 そんな不幸な女性には 手っ取り早く高額収入が入る仕事なのは間違いありません。
月給
日本人 平均的サラリーマン初任給。 約15~20円。
日本人警察巡査。 約45円。
朝鮮人出稼ぎ応募工。徴用工。 約50円。
日本人慰安婦、朝鮮人慰安婦。 約300円。
朝鮮人出稼ぎ慰安婦は 前借り 3000円まで可能。
1944年10月27日、軍慰安婦募集広告。
(毎日新報:ソウル新聞)
現在の価値でいうと 1935年で100円が約45万円。1945年で100円が約19万円です。 慰安婦は1945年で約60万円の高給になります。
慰安婦を1年もすれば 古里に戻って家が建てられる計算です。徴用工や応募工も 朝鮮半島の古里からすると 高給出稼ぎ労働者になります。朝鮮の諺に「犬のように儲けて両班のようにつかう」ようは「汚く儲けてきれいに使う」ということです。儒教は徹底した現世主義です。将来は高い徳をもった人になるのだから、金持ちになる前はどんな汚い儲け方をしてもかなわないということです。これが、現在でも 不正、腐敗、詐欺、背任、贈収賄がはびこる理由なのでしょう。
また 戦前のヤクザの生業は どのようなものだったのか。労働者の斡旋、売春婦の斡旋などに手を汚していたのは間違いないでしょう。
当時の慰安婦を 今の価値観で判断するのは間違っています。ちなみに 今 問題になっている 慰安婦像は あまりにも年齢が若い少女像です。それは朝鮮戦時中に米軍に曳かれた少女二人の姿をモチーフにしているからです。
韓国は、この事実を全て抹殺しています。韓国では そもそも「韓国併合」は不当であり、日本統治は不法行為と主張しています。底辺には「恨」があります。
李朝末期の韓国は、暗黒の世界で、日本が暗黒を破り、光明をもたらしたのだ。1890年代から1930年代の間に、日本人が韓国にもたらした革命的な改革が、どれほどまでに賞賛されたことだったろうか。韓国人が自らの手ではとうてい行えなかったことであった。(韓国評論家 朴泰赫)
朝鮮の王室と政府は腐敗堕落しきっており、頑迷な朋党は、人民の財を略奪している。その上、人民はあまりにも愚昧である。これでは国家独立の資格はなく、進んだ文明と経済力を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地になるだろう。伊藤博文総監の施策は、朝鮮人にとって有益で、人々は反対していない。(アメリカ人の朝鮮外交顧問:ドーハム・スティーブンソン)
「朝鮮社会経済史研究」「日本帝国の申し子 高敞の金一族と韓国資本主義の植民地起源」「立ち直れない韓国」「従軍慰安婦と公娼制度」「大韓民国の物語」「ソウル城下に漢江は流れる」「朝鮮を知る事典」
② 韓国を考えてみた。
「韓国の前近代的な王殺しの思想」
韓国の大統領が辞めたら 刑務所行きになるのは有名な話で、皆さんもご存じですよね。
朝鮮には「王殺し」という制度意識があります。それは前近代的な儒教・孟子の天命思想・民本思想の太古の思想です。王は全ての民衆の生殺与奪権を握るが、重大な失政や天変地異、戦争や疫病などの災いは全て 王の責任であり、王は神の生贄として 民衆に殺害される。
失政、不正で徳を失った韓国大統領は、その座から引きずり下ろされます。 今までの韓国大統領は 12名いますが、いずれも悲惨な末路です。暗殺一名、自殺一名、亡命一名、投獄四名、親族に逮捕者はのべ六名。まさに現代の「王殺し」です。そして、その大統領のブレーンも全て一掃され、新しい大統領の権限で法曹界の人選がガラッと変わります。今の文在寅大統領は 極左です。法曹界の人選も全て左派側の裁判官になります。また 政権や関係各所の人選も左派系の人々になります。つまり、「王殺し」の思想で、国の方針が全く逆になるわけです。
その前の 朴槿恵大統領は 右派の自由韓国党でした。しかし、文在寅現大統領の運動によって 朴槿恵さんは大統領の座から落ち、逮捕されます。罪名は計、18の罪、朴槿恵元大統領は 懲役24年を言い渡され服役中です。
将来、文在寅大統領が 在野になって 韓国大統領が、右派政党の大統領になった時、文在寅大統領は刑務所行きでしょう。罪名は何でもいいのです。
つまり、韓国大統領選挙で大統領が交代するという事は、 韓国の方向が180度 変わるということになります。【これは台湾でも当てはまります。台湾の選挙に注視する必要はあるでしょう】
しかし、イデオロギーよりナショナリズムが優位に立つのが韓国です。多くの韓国人は、国家公民として他国・他民族という外部に向かうことを迫られた時だけ、特に日本が相手だと いっそう「民族は一つの家族だ」と身内意識に支配されます。
しかし、普段は違います。あくまで自分の血縁一族や小集団の利益が第一です。民族意識も愛国心もありません。韓国社会内部は、絶え間ない分裂と対立抗争の連続です。それは地域、政治的イデオロギー、党派、社会的小集団、血縁関係、個人間の対立など 様々に渡ります。いずれも自らを正義・善とし、敵を不正義・悪と断罪する非和解的な対立抗争です。
自らを正義・善とする意識は、自らを弱者とする強者への反感、自らをどんな罪もない被害者とする反抗心に基づいています。これほど理不尽なことはないという気持ちから怨念が激しく渦巻き、決して許してはならない、どこまでも恨み続けていかなくてはならないという情念を強くします。日本人は意見が対立する相手でも相手の立場やメンツを考えますが、韓国社会ではそのような配慮は一切ありません。
こうした反感や怨念の情緒が、国民規模で強力に現れたものが韓国の国民情緒「恨」の精神です。
反日感情は まさにその典型です。そこでは正義・善が絶対的なものになります。国民情緒は「国法をも国際法をも超えた超越的な正義・善」となり、国政を動かす巨大なモンスターと化していきます。このような、国民情緒の正義・善の最高形態が、いわゆる「国民情緒法」と呼ばれるものです。勿論、明文化された法律ではありませんが、実際には事実上の最高法規として機能しています。
韓国の「情」は 現実の「法」より重視しています。「情」の為に嘘をつくのは 仕方ないと韓国の国民は考えてます。 この考えや思想が韓国人を理解することが出来ない理由の一つなのです。
①韓国を考えてみた。
韓国人は何故 偏向歴史を捏造し、それを信じるのか? 何故 反日に拘るのか? を韓国人の性質や思想から読み解こうとして 本を読んでいるけど、やはり、これめっちゃ難しい。
しかし、今の韓国人の思考を説明するには「李王朝500年」で培われた朝鮮半島特有の思想が影響している。それは、朝鮮朱子学だという。
朝鮮半島は中国の中華思想に影響を受けていました。中華思想とは中国を世界の中心としています。文化の中心となる「優等なる我々中華」が、周辺の「劣等なる夷族」に文化、道徳を教え中華世界の支配下にする考え。文化的距離が遠いければ遠いほど野蛮な夷族の地になります。朝鮮半島は「劣等なる夷族」だが 、更に遠い日本は 私たちより劣る「劣等なる夷族」となる。
今でも韓国人が「韓国は文化のなかった日本に文化を与えてやった」など 言うが、それは私たちより劣る文化とみなしたい心理が働いているのだろう。
そこに 家族主義国家の李王朝が500年も続き、そこで培われてきたのが、儒教の道徳。つまり、家父長制家族思想。家長の命令は絶対。家長が間違っても関係なく絶対服従。
家族主義を国家に繋げると 中世のような危険がはらんできます。個々の罪でも一族郎党根絶やしにします。 李朝は幾度も 村人すべてを殺戮して消滅させています。北朝鮮の金正恩も それで説明出来ます。2013年に 叔父で最側近の張成沢が処刑されましたが、この時 張一族、約3000人が粛正されました。
つまり、儒教から変化した家父長制家族主義の朱子学。家父長制家族主義を朝鮮的な思想とすると、朝鮮朱子学となる。
なんだこれ?
続けます。 先ず 朝鮮朱子学に則って 「どのように生きるのが望ましいか?」を考えると、人は本来的な人間のあるべき姿を目標に、社会のなかで様々な物事を体験していくことによって、正しい物事への対処の仕方が自分のものになっていく。つまり「理想的な正しい人間像、理念主義」となる。 これが 朝鮮人の理念主義的な考え方。
対して、人は現実社会のなかで、家族関係、友人関係、先輩、後輩関係、集団関係など、様々な実際的な人間関係を体験していくことを通して、自分なりに物事への対処の仕方を身につけていく。つまり「現実的なあるがままの人間像、実際主義」となる。だいたい 日本人はこう考えているんじゃないかな?
思考方法も一緒で、韓国人は「絶対的な正しさ」を大前提として物事の「あるべき姿」を描き出し、個々の事象を判断し結論を導いていこうとします。この「絶対的な正しさ」は韓国社会では 敢えて客観性や根拠を問う必要もなく通用している「いうまでもない常識」であり「ごく一般的な考え」です。
韓国人がしばしば、客観的な根拠もないのに「自分の考えは絶対間違っていない」と頑強に主張するのは 理念主義的思考で 物事を考えているからです。
韓国社会は 理念主義が強く反映された社会です。つまり、韓国はイデオロギー国家です。単なる道徳心の強い国家ならいいのですが、何事に付けても「こうあるべきだ」「こうあるべきが正しい」という理念が第一にあって、そこから現実を見ようとする理念主義を強くもっている国家や国民性となります。
これを韓国の国民性と捉えると、全ての今までの問題を理解出来ます。 それは また 後程。
ふう、、疲れる。 続けます。
ちなみに 日本はどんな宗教性も思想性も掲げない世界でも珍しい 非イデオロギー国家です。日本人は理念よりも経験や実際性を重んじる傾向を強く持った国家や国民性となります。
しかし、一部の左側の日本人は、理想を求める理想主義です。それを自由に出来るのは、日本が非イデオロギー国家だからですね。
植民地は絶対悪、植民地からの解放は善。一般的に誰もがそう思います。日本統治下の朝鮮はどうなのか?
植民地は、個人の富を奪い国民は劣悪な社会で苦しい生活をしていたのではないかと思われていますが、実際、朝鮮統治下では、朝鮮半島の伝統的身分制度を改革し、人々の意識のあり方、教育の向上、文化を高度なレベルに引き上げていました。
1937年 ハンギョレ新聞より
大日本帝国政府は朝鮮を内地と同様の経済水準に引き上げるため、多額の国家予算を朝鮮半島に投資した。鉄道、道路、上下水道、電気、病院、学校、工場などのインフラの整備を行い、近代教育制度や近代医療制度の整備を進め、朝鮮半島の近代化に役立ったと主張する研究者もおり*、こうしたインフラへの莫大な投資の結果、朝鮮半島で流行していた伝染病が予防され、農地開発等により食糧生産が増加(併合当初米の生産量が約1千万石であったものが、20年後には2千万石へと倍増)したことにより、朝鮮半島の人口は、併合前の1906年(明治39年)には1600万人程度だったものが1940年(昭和15年)には2,400万人程となり、併合時(1910年)に24歳だった平均寿命は、1942年(昭和17年)には45歳へ伸びた。工業生産指数は100(13年)から550(38年)に大躍進し、公立小学校は約100校から約5000校に増えた。鉄道はゼロから、総延長6000キロになったと指摘しています。
日本がこの間、朝鮮に注ぎ込んだ累計約21億円は、現在の貨幣価値で63兆円にのぼるといいます。
1937年 ハンギョレ新聞より
朝鮮半島は植民地とはいえ日本が朝鮮で行った事は一概に全て悪とはいえません。しかし、「植民地は絶対悪だ」という規範が最初にあり、どうしても そこまでの考えには至りません。
同じ 台湾【当時、日本の行政区】では 朝鮮半島ような考えに至っていません。また、インドネシアやパラオ諸島など今でも親日国です。つまり、韓国の行動は、朝鮮朱子学に基づいた独特の朝鮮人の考え方なわけです。
朝鮮半島側は 「植民地は絶対悪」 が全ての価値判断で 李王朝時代に根強く浸透している朝鮮朱子学に則り「~べきである」との価値判断が絶対的なものとなります。朝鮮朱子学は 実際に起きたことよりも「あるべき理想」を重視します。事実を軽視し実際の判断が歪みられ 現実を無視します。つまり「植民地は絶対悪」という規範が最初にあり、それに合わせて都合のいい事実を選んだり解釈します。それが 朝鮮朱子学の思想です。
1937年 ハンギョレ新聞より
朝鮮半島で現地人の生活を略奪、蹂躙し、暴行を加え、強姦し、無法な人殺しをしたりするのが日常的あったかどうか。これが 私たちには一番肝心なことです。もし そんなことがあったとしたら 、結果 どんないい面があったとしても許されません。では、実際に朝鮮半島で そんなことがあったのでしょうか?
続く…。
消防庁の防災ヘリ 「あれから一年」
消防庁の防災ヘリ…それぞれ都道府県直轄の防災飛行隊です。 以前、私もヘリコプターに乗りました。とても 素晴らしい経験でした。
その時 パイロットの方に色々お話をお聞きしました。民間委託で防災ヘリパイロットを経験された方でした。
その方曰く
今、空前のパイロット不足で 防災ヘリのパイロットがいないとの事で 各都道府県の防災ヘリが 今後、飛ばせなくなるかも知れないとの事です。
ヘリのパイロットになるには 飛行機パイロットと同じく 高額なお金がかかります。 更に 防災ヘリのパイロットは 特殊な技術が必要で ヘリを飛ばせるだけでは 防災ヘリパイロットにはなれません。防災ヘリのパイロットになるには 高いハードルがあります。
今まで 防災ヘリの墜落事故が たくさんありました。その度に殉職者が出る危険と背中合わせの命をかけた仕事です。
2018年8月10日
群馬県防災航空隊などの9人を乗せて草津白根山付近を飛行していた、群馬県の防災ヘリコプター「はるな」が連絡を絶った。殉職者9名。 昨日 内 7名の合同慰霊がありました。
事故は昨年8月10日に発生。登山道の視察をしていた防災ヘリ「はるな」が中之条町の山中に墜落し、県防災航空隊と吾妻広域消防本部の職員計9人が死亡。うち2人はヘリの運航委託先だった東邦航空(東京)の社員で、県に出向中だった。
現在 パイロットの平均年齢は 50代と聞きます。防災ヘリのパイロットたちは、あと数年で引退という 危機的状況です。 今後 どのような対策を取るのか? 防災ヘリはドクターヘリでもあります。都道府県各所に防災ヘリがなければ成り立っていかないはずです。
人材も豊富な自衛隊の役割を増やして 防災飛行隊の人命救助活動の役割を減らす方法も一つの手立てです。ヘリコプターは基本一人で運転しますが 助手席に補助の操縦管が付いています。ヘリコプターは死角がたくさんあります。その補助的役割の副パイロットを必ず乗せる方法もありますが 残念ながら 今のパイロット人材不足の状況では 不可能です。
もし パイロット二人体制になっていたら 今までの墜落事故も少なくなっていただろうと思われます。
自衛隊はパイロット二人体制と聞いています。しかし、自衛隊の役割を増やすのは 日本では批判されるのは間違いありません。
その為、とても危険で困難な任務を パイロットの少ない部署が、任務を果たさなければならないのが現状です。
今でも、現状のシステム自体に疑問を感じているご家族もいらっしゃいます。
どうか この状況を知って頂きたいと思います。
合掌。
BCLの話。 海外の日本語短波放送を聞く。
「ラヂオプレス」って知っていますか? 80年代のニュースには「ラヂオプレスによりますと、、」とよく紹介されていました。 冷戦時代に北の動向を短波ラジオで聞いてニュースを発信していました。 今も活動しています。私は 70年代にそんな組織があるんだと スパイ映画を彷彿させる活動にワクワクしました。
当時の組織の活動は 朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮放送の24時間傍受や ソビエト連邦共和国のラジオモスクワの24時間傍受などしていたようです。BCL界隈では有名な話で 別に秘匿する組織でも神秘的な組織でも無いので安心して下さい。 「ラヂオプレス」ホント 懐かしい名前です。名前を聞いただけで 当時少年だった あの心踊るワクワク感が甦ります。
BCLとは 海外短波放送や中波のラジオ放送を聞いて 受信報告書を放送局に送り、ベリカードと呼ばれる受信証明書を集める趣味です。
70年代に流行りました。少年たちは高価な短波ラジオを買って 大きなアンテナを庭に立て楽しんでました。 今のインターネットのような楽しみがありました。
当時、韓国、北朝鮮は日本語放送もやっていて よく聞いていました。 北朝鮮からのジャミング【意図的に混信させ聞こえなくする妨害電波】で 韓国放送を聞くのも大変でした。お互いにジャミングしあってました。なので、すぐに放送周波数を変えて放送していました。
今でも韓国と北朝鮮は日本語放送をしています。 当時、北朝鮮は「暗号放送」というのがあって日本向けに数字の羅列を放送していました。日本にいるスパイに送っていると誰もが思っていました。90年代後半になり その数字の羅列を解読した文書が出て やっぱりと思いました。
私は 北朝鮮や韓国の動向に無頓着で 両方の放送局に受信報告書を送りました。先に朝鮮放送局からベリカードが届き 中にはたくさんの切手や切り絵など入ってました。一方、韓国放送局は返信が来ません。何年も送り続けましたが 一向に返信は来ません。後で知ったのですが 朝鮮放送の番組で 私の手紙が 紹介されたそうです。 韓国側はそれを傍受していて 私の受信報告書を無視していたんだろうな と感じました。 それだけ 両国は神経を尖らしていました。 今でも両国は休戦中です。
韓国の文在寅大統領は今、南北経済協力で日本に立ち向かうと言っています。 正直 私には信じられません。
日本人がアイヌ文化を使っちゃダメなの?
この「カウンター」ってなんだか分かりますか?
アイヌ擁護運動家が している活動です。アイヌヘイトスピーチをするアカウントにカウンターを喰らわすって意味です。アイヌヘイトをするアカウントを晒し、散々に叩く手法です。
確かに、アイヌヘイトは右翼系の、、特に「維新の会」を応援している方々に多く散見されます。 私もイヤな気持ちで そのツイートを見ています。しかし、その思想や行動だけで、個人を晒し、よってたかって集団で攻撃するのは 更に嫌な気分です。
私は 以前 有安杏果の件で一斉攻撃されたことがあります。あの「緑離れ」を提唱した時です。 その中には「杏果パトロール」と言って 杏果を非難するアカウントを晒して攻撃する輩まで現れました。ものすごくイヤな思いをしました。
それと全く同じ事を「カウンター」と言って アイヌ擁護運動家がやっています。 そのアイヌ擁護運動家とは どんな集団なのでしょうか、、それは 様々な立場の人間が集まっています。「クラックノース 反レイシスト集団、共産党員、純粋なアイヌ擁護派、左派、民族主義者」等の面々です。特にこの活動は、クラックノースが指導しているようです。この活動の主導者は 立憲民主のA氏、つまり政治家が関与していると情報も入っています。
彼らの「カウンター」活動は、今では アイヌ模様を模倣した商品を作ったデザイナーまで対象にしています。アイヌカードを作ろうとした占い師。更に、アイヌ語を勉強している女子学生さんに迄 カウンターを仕掛けていました。、、、 彼らは、アイヌ文化に好感を持った日本人を 容赦なく攻撃しています。
異民族がアイヌ文化を使うな。アイヌ模倣はアイヌ民族のモノだ。アイヌに挨拶もなく 和人がアイヌ文化を使うなんて アイヌ民族を愚弄する行為だ。これは国連憲章で違法行為だ。
私は 彼らの主宰するアイヌシンポジウムに行ったこともあるので、助言のつもりで、そこに疑問を投げ掛けました。思想や行動だけで、集団で個人アカウントを晒して攻撃するのは、決して アイヌの為にならない。 アイヌのイメージダウンを招き不必要な敵を作ってしまう行動でしかない。と主張しました。しかし、彼らには通じません。
更に彼らは執拗に攻撃します。アイヌ文化を日本社会に広めようと活動してアイヌ模様を模倣した商品を作っている日本人デザイナーに、反レイシストの仲間の弁護士から 直接DM が送られてきます。「あなたは民族文化盗用の可能性があります。更に、この商取引で得た利益をアイヌに還流することを考えていますか」
これは単に脅しとしか私には感じません。ある方の協力で こちらも弁護士さんに頼み、お話を伺いました。
結果、、
文化盗用の件、法的な問題、先住民権利宣言件を含め、結果的になんら問題無しです。
活動的に法律を違反してる訳ではないし、そのような法律など存在すらありません。先住民権利宣言「31条」はあくまで、国連や世界に向けてのアイヌ組織独自の宣言であり、それに対しての国の法律は今の所存在していないとの事でした。
主導しているクラックノース、、活動家にはイギリス人やアイヌ系の女性もいます。彼らは全国でアイヌシンポジウムを開催し アイヌは今でも差別されていると訴えています。そのクラックノースの資金はどこから来るのでしょうか?
世の中には 差別と殊更世間に訴えて差別なんてもうない地域を差別が根強い地域に仕立てあげて 儲けるビジネスがあります。 いわば「差別ビジネス」というものです。 西日本地域の方は分かると思いますが 、同和地域の差別問題に似た性質のものです。彼らは市役所などに集団で抗議行動をします。ゴネ続けるとマスコミに取り上げられ社会問題に発展し 「差別問題」として大きく取り上げられます。「差別問題」は世間に受け入れやすい性質のもので、自らの主張もしやすく同情もされます。左派系政治家も一緒になって活動し、結局行政側が折れて 永遠に続く権利を勝ち取ります。
しかし、実際にその地域で 今でも「差別」はあるのでしょうか? 韓国の日本に対する言動を見て頂くと分かりますが、真実を歪曲してゴネ続けると日本は直ぐに お金を出しています。そして その歴史は定説となってしまいます。更に、韓国では歴史歪曲否定法なる憲法を作ろうとしています。定説の歴史を再検証する事を禁止する法律です。
日本では「差別」はもう無いという事実があっても、反対派がゴネ続けると「差別」はあることになってしまうのです。
北海道アイヌは日本では保護されて来ました。徳川時代でも保護されてきた民族です。しかし、明治になりアイヌ民族は日本人に同化されました。ロシアの脅威の為です。その同化されたアイヌ民族は不幸にも 日本人に野蛮人と同じと思われ知識も知能も遅れていると誤解され差別されました。確かに昭和までは 差別意識はありました。私も聞いたことがあります。 しかし、現在はどうでしょう。
私の友人達の道民に聞いても そんな事あるわけないと一蹴されてしまいました。
彼らは、それを掘り起こし アイヌ差別がある と言い出しているのではないか、と私は見ています。これはアイヌ利権が絡んだ問題と感じています。
私はアイヌ文化が好きです。アイヌ文化を守りたいと思っています。しかし今の 左派が中心になってのアイヌ反ヘイト活動は、アイヌにとって役に立つとは到底思えません。
それを正義として活動していることが ホント恐ろしささえ感じます。確かに一部のアイヌコタンでは 朝鮮人との繋がりが歴史上あります。但し、それは悲しい歴史のページのひとつです。
朝鮮から募集工として北海道に連れてこられた朝鮮人が、炭坑や工場で働くだけのタコ部屋生活がイヤになり 何人も脱走したそうです。
【当時の労働は過酷でした。朝鮮人労働者が何人も亡くなったそうです。当時、労働者を斡旋する生業は 日本人、朝鮮人のヤクザ関係の人間たちでした。】
そして、逃げてきた朝鮮人を匿ったのが アイヌでした。アイヌコタン【部落】に朝鮮人を匿い、祖国に帰りたい人は 港まで身を隠して送ったり、それすら叶わない朝鮮人は 身内のアイヌの女性と結婚させたりしていたそうです。 これが真実なら あまりにも悲しい話です。
著者は 「お互いに差別されていた民族同士、虐げられた朝鮮人にアイヌはシンパシーを感じていた」との事でした。
出来るなら、アイヌの歴史とアイヌ協会は切り離して考えられないかと感じています。
今のアイヌ活動家にインタビューをした記述がありました。この歴史を アイヌ活動家に聞くと、朝鮮の祖先の話をせず、殊更アイヌの祖先の話ばかり強調していたそうです。その気持ちも分からなくもありません。人は殊更 自分の祖先に伝統や権威を持たせたいものです。
時代が進み、ある地域では朝鮮人とアイヌのハーフが珍しい為 アイヌ社会で差別されていたというインタビューもあります。
アイヌ協会の副理事の阿部氏は 北朝鮮の機関紙に文章を書いていたのも事実です。それも、当時の札幌【昭和40~60年代】は 銀行、学校など 朝鮮に関わる施設が多かったような印象です。それが通常の風景、特に北海道は左翼勢力の強い土地だったはずです。
但し、内地の同和差別の活動家が アイヌ協会と繋がって、殊更にアイヌ差別運動を煽り、市役所などに乗り込んでアイヌの権利を獲得したということが 90年代、00年代あったと聞いています。それは批判されるべき行為と思います。
アイヌが忌み嫌う死者の埋葬と遺骨問題
写真は、樺太東海岸のアイ集落の長・バフンケ(日本語名・木村愛吉 1855〜1919?)。彼の遺骨は1936年に盗掘され北海道帝国大学に保管されていましたが、2018年7月に子孫に返還されました。
アイヌは変死、火事、災害を忌み嫌いました。北海道本島では 忌み嫌う事があるとケガレ祓い、悪魔祓いの行進呪術がありました。 記録では、関東大震災の際に東京の人々の為に、日高の平取町で行進呪術をしています。
行進呪術とは、、、
長老が先に進み 男達は刀を高々に右手で上げ、女達は杖を左手に持ち、唸り声のような呪声を発して足を踏み鳴らし 悪霊を威嚇するように行進します。
千島アイヌは 変死、火山、災害の時以外、外の世界にふれた者までおこなっていました。千島アイヌが恐れていたのは外の世界のケガレでした。
サハリンアイヌでは 変死者が出た場合、まず二、三人の男が刀を手にして隣の村へ向かいます。近づくと奇声を上げます。隣の村の者たちが出迎えます。知らせる者は 山での変死であれば 刀を山に向け、海に向けば海の変死であることが分かります。そののち直接面会し語り合ったと言います。
無言で変死を知らせるのは、言葉をかわすことによって変死のケガレがおよぶという観念がありました。また、村人に奇声を上げるのは 接触によってケガレがおよぶ観念からです。アイヌは言葉と接触でケガレが相手におよぶものであり、これを避けるためには「沈黙と非接触」が不可欠と考えていました。
アイヌは死者のケガレにたいする恐れを強く持っていました。墓穴を掘る作業はもっとも好まれない仕事です。墓穴を掘る男達の周りに女達は火を燃やします。これは、善神である火の神が死者のケガレを防いでくれるからです。墓穴を掘り上げると墓穴の足跡を霊力のあるヨモギのホウキで消します。これは 穴の底に足跡を残すと死者の世界に引きずりこまれないようにするためです。
更に、周辺にイマケという有毒の植物を撒き散らし ケガレを祓います。埋葬が終わると 参会者は決して振り向きません。墓から遠く離れた場所には ヨモギを持った老人が参会者の全身を祓い浄めます。(訂正 イマケ→イケマ)
http://www.ainu-museum.or.jp/siror/book/detail_sp.php?page=book&book_id=P0074
アイヌの墓には木柱を立てますが、それは日本の墓地でみられる墓標という意味ではなく、死者がその国に向かうとき手にする杖ということでした。
アイヌは埋葬が終われば二度と墓に詣でることはなく、木柱が倒れてもなおすことはありません。
アイヌには供養という観念はありません。死はケガレであるという強い概念があり、忌み嫌い沈黙と非接触を貫いてきました。
19世紀にアイヌ白人説が唱えられてきました。アイヌ白人説を唱えたのは、長崎のオランダ商館の医師で博物学者のシーボルトでした。これはヨーロッパ世界で大きな反響があり、イギリス、ロシア、オランダ、ドイツなど各国の博物館が積極的にアイヌ資料や骨格などの収集に乗り出しました。
その後、全国の大学の研究者が アイヌの骨を発掘し 様々なアイヌ資料を集めました。欧米では 真剣にアイヌ白人起源説を信じていた人々がいたようです。最終結果が出たのは 1960年でした。積極的なコーカソイド(白色人種)の根拠が見出ださなった為、アイヌはモンゴロイド(黄色人種)であると結論付けられました。
その時に 発掘された骨格は 日本全国の大学に 約1600体あるといわれています。アイヌは墓を盗掘され遺骨を盗まれたと言い アイヌ遺骨返還訴訟をして 一部返還されました。しかし、大多数がどこから発掘(盗掘)されたものか資料が無くわからないそうです。
1984年に作られた納骨堂には969体が治められています。遺骨へは毎年イチャルパとよばれる供養会が行われています。
先祖供養という日本人の古い観念を 現代のアイヌは取り入れています。そもそも アイヌのケガレの観念は日本の陰陽道、修験道の影響か、あるいは それに伴う民間信仰からの影響と云われています。